さまざまなハンディキャップと病気
・はじめに
・スペシャルゲスト"天ちゃん"
・後躯麻痺、てんかん発作、右目失明、斜頚、 でも がんばる"プラトン"!
・後天的開帳肢の"てんてんちゃん"
・麻痺と腎臓肥大、頑張った"らびおちゃん"
*はじめに*
ころんが、障害を持ったうさぎさんだったことをきっかけに、開帳肢 の飼い主さんとの出会いで輪が広がりつつあります。ころんを迎える前は 健康なうさぎさんがやってくることを疑いもせず、うさぎのハンディキャップを 考えることもありませんでした。でも、よく考えれば、私たち人間もハンディキャップを もって生まれる事や、後天的な事故や病気などで、誰にでもハンデをもつ可能性があるのだから うさぎだって 同じなんですよね! ただ、その存在に対して 大きくスポットは当たらないのかもしれない。 また、身勝手な人間がその存在を消し去ってしまっている事実もどこかにあるかも しれない。(そんな事実がない事を祈りたいですが・・・) ハンディキャップをもっていようが、いまいが、飼い主とうさぎさんとの 出会いに大きな意味があるように思うのです。ここでは、ハンディキャップをもつうさぎさんと 飼い主さんのふれあいや飼い主さんの頑張りを紹介することで、同じハンデをもつうさ飼いさんの勇気になれば と思います。
*先天性開帳肢*
スペシャルゲスト天ちゃん
天ちゃんは、先天性の開帳肢。なぜ、スペシャルゲストかというと 天ちゃんがいたお店で大切に育てられたから。ふつう、里子に なることが多い中、天ちゃんは作業場などで放し飼いでのびのび育っ たんだって。楽しそう!天ちゃんのいたお店のような所が増えたら いいなあと思ったのでスペシャルなんです。今はお店のスタッフの 方のお家でかわいがってもらっているとても幸せな天ちゃんなのです。
*後躯麻痺、てんかん発作、右目失明*
Kantさん家のプラトンちゃん!
98年4月産まれの♀。体重850g。
3歳まで病気知らず。4歳手前で避妊手術。4歳なかばで後躯麻痺(開張肢)、てんか ん発作、神経の異常による右目失明、斜頚などを発症。原因不明であきらかな治療法 もないため(5歳手前現在)、発症のたびに飼い主はオロオロするばかり、ただ必死 に撫でたり側について介護をするだけでしたが、いまのところすべて投薬治療無しで 乗り越えてくれ、元気に生活をしています。
病気はうさぎ自身も飼い主も辛いことではありますが、反面、うさぎは調子を崩して も必死の介護をすればそれに応えて元気になってくれる強い生命力と愛情の持ち主だ ということを知りました。 そして互いの絆がとても深まりました。
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2003年7月4日午前に永眠 スーパーラビットのプラトン
♀享年5歳3カ月・0.8〜0.9kg
*後肢麻痺*
マツさん家のてんてんちゃん
てんてんは雑種のロップイヤーです。 97年春生まれの女の子で、体重は2.1キロ。 開帳肢になってからは筋肉が落ちたのか1.6キロに痩せてしまいました。
自分が飼うことを前提にペットショップに行ったのは生まれて初めてだったので、て んてんを小さな箱に入れてもらって帰るときはとても興奮しました。
3才後半に避妊手術をするまで病気知らずで、動物病院にも行ったことがありません でした。 インターネットでうさぎのホームページをいろいろ見ているうちに、メスうさぎの避 妊の重要性を知り、健康なのに手術で 何かあったらと悩みましたが避妊手術をしました。 手術は無事終わりましたが、なぜかその後トイレで用を足さなくなり、尿焼けやカビ などで毛が抜け通院回数が増えるようになりました。
4才の時、抗生物質を服用中にひきつけのような発作(原因不明)を起こし、その 後、後肢を軽く引きずり始め、 徐々に麻痺が進んでいきました。 最初は小さな段差につまずく程度で後肢だけで立つこともできていたのが、だんだん 段差があるところに上れなくなって いくといった感じでしたが、動かないなりに4本の足でバランスをとってうまく生活 していました。
5才の時、お盆の帰省の為ペットホテルに2日預けたところ、帰ってきたら麻痺の状態 が急激に悪化していて 開帳肢になっていました。 食欲も少なくぼんやりとしていて、元気な状態に復活するのに1ヶ月位かかりまし た。 なんとか食欲ももどって元気にはなりましたが、結局開帳肢は治りませんでした。
開帳肢の原因はなかなかはっきりせず、尿結石とか、ヘルニアとか色々な病名をあげ られましたが、最終的に 背骨が少し変形しているので発作時の打撲が原因ではないかとの診断でした。
6才を目前に、食欲が少し落ちたかなと思ったら急に水も何も受け付けなくなりその まま眠るように亡くなりました。 あまりにあっという間の出来事で、今でも亡くなったなんて信じられない時がありま す。
開帳肢になってから半月ほどでお尻に床ずれができた為、ケージの代わりにペット サークルを使用し、安物のカーペット→ ペットシーツ→ベットベッド→ペットシーツ→さらさら快適シーツと敷物を重ねて飼 育していました。 完全な麻痺ではなく動き回る為、ベットベッドだけでは表面に残ったおしっこの露を 吸って全身がびしょ濡れになるので さらさら快適シーツを使っていましたが、表面が少し滑るのが難点でした。 ベットベッドのふかふか感で、表面におしっこの露を残さない商品ができたらなぁと 思います。
夜、盲腸便などで汚れたお尻をベビーパウダーとクシで綺麗にし、どうしても落ちな い時だけぬるま湯で洗っていましたが てんてんはだっこが大嫌いだったので、毎日大変でした。 ストレスを与えているようでかわいそうだったし、つらかったです。 でも、開帳肢になってから世話する時間が増えて大変な分、元気な時よりずっと仲良 くなれたように思います。 ここ数年てんてん中心の生活を送っていたので、いなくなってとても寂しいです。
*後肢麻痺と腎臓肥大*
きんさん家のらびおちゃん
2001年生まれの男の子。
らびおはとにかく、わがままで怒っても聞かないし呼んでも機嫌が良く なければ来やしませんでした。でも、そんなヤツがおやつの袋の音・ 冷蔵庫を開けた音に反応して、すっ飛んでくるのはもう、格別に嬉しかったです。 おやつが無くても来てくれると、嬉しくて1・2時間は頭を撫でていました。
そんならびおが、2歳の若さで原因不明の下半身麻痺になりました。
麻痺診断の時に、腎臓の肥大も見つかりました。
発病時は、引きずりながらも冷蔵庫を開けた音に反応して飛んできたものの、 1ヶ月の間で どんどん進行していきました。
麻痺になった時はショックだったけど、らびおと触れ合える時間が増えたのは 嬉しかったです。らびおにしてみたら、お風呂には入れられるしドライヤーを 当てられるし、ムリヤリお薬・シリンダーご飯を突っ込まれるからイヤだった でしょうね。でも、それを上回るくらい撫で撫でもしていました。 私がパソコンをしていると、いつのまにか来ていたりして膝に乗せて撫で撫で しながら、片手で文字を打ち込んでました。それが、麻痺後2番目に嬉しかった事!
1番はご飯を食べなかったのに、自分の力でカリカリペレットを食べた事です。 あの2日はらびおの私へのプレゼントだったと思うのです。
2003年7月23日麻痺と診断されて3週間後の2003年8月14日らびお永眠
らびおに対して、何の手立ても出来ないままでしたが、後悔はしてません。 ただ、腎臓の肥大がみつかったとき、その時はそのままでも大丈夫だと診断されましたが、 最終的にはかなり、悪くなっていたと言われました。そして最初に麻痺・腎臓肥大の診断 される2週間前と2ヶ月前に健康診断を受けています。そのときに病気を発見できなかった ことに対してつくづく、うさぎに詳しい病院を日頃から探しておく事が大事だと思いました。