眠れる森
A Sleeping Forest



第三幕 ◆ 「記憶が嘘をつく」


Reported By No.315 ならりん


「持っていってやろうか、引っ越しそば」

からかうように、ささやくように、あの男は私に言った。
あの男が私の新しい住まいの真向かいに越してきた。
あの男―森で出会った伊藤直季という男。

  「15年目の今日、僕たちの森で」―「僕たちのの森…眠れる森…」
  「残酷なことが待ち受けてるんだよ」―「残酷なこと?」
  「オレがまっさらな人間に変えてやるよ」―「あなた、おかしいんじゃないの?」
  「未来だけでいいんだよ、実那子には」

そして思い出す、見たはずのない光景。幼い自分の足下に流れてくるおびただしい血。

急いで家に入り鍵を閉め、リビング(直季のマンションに面している)のカーテンを閉めようとした途端、目が、合った。
見ている。直季は自分を見ている。

  「私に判らないことがどうしてあなたに判るのよ」―「あんたはオレの一部だから」

頭の中で反響するあの森での言葉を振り切るように、私は思いきりカーテンを閉めた。
輝一郎の声が聞きたかった。今すぐここに来て欲しかった。
私は受話器を取り上げた。・・・・でも、あんな手紙に誘われて故郷に帰ったのが全ての始まりなのだから、これは私1人で解決しなければならないのだ。
思い直して、受話器を置いた。

 

A Sleeping Forest 〜眠れる森〜 第3幕:記憶が嘘をつく

 

<輝一郎のオフィス>

一方、輝一郎にも何事も起こっていないわけではなかった。

輝一郎の前で部長が持ち込まれた週刊誌の記事を読み上げる。絵画の裏取引にある社員―すなわち輝一郎―が関係しているという。責め立てる部長に対し輝一郎は“会社の同意の上でやっていること”と反論する。
すると部長はもう1枚輝一郎の目の前に突きつけた。輝一郎が部長の娘を捨て別の女―実那子―と結婚するという内容が何者かによりFAXされてきていたものだ。そう、今目の前で輝一郎を苦い顔で見ている部長こそ、以前輝一郎が交際していた女性の父親なのであった。

「結婚式には招待してもらいたくないね」

売り言葉に買い言葉、対立がエスカレートする2人。ついには海外赴任を匂わされる。
薄暗い廊下で1人ため息をつき、輝一郎は怒りを吐き出した。

「誰が俺達の結婚を邪魔しようとしているんだ?!」

 

<実那子の部屋>

輝一郎の様子がおかしい。会社でなにかあったのかしら。
考えて見れば結婚式の彼の側の招待客が少なすぎる。ましてや上司が入っていない。私たちは祝福されていないのだろうか。私が彼と釣り合わないのは判っている。そのことで私がなにか言われるのは仕方のないことだ。けれど、そのことで会社での彼の立場が悪くなっているのだとしたら?
心配を口に出す私に彼はこう言った。

「心配いらない。中傷や邪魔には決して負けないよ。かえって生きている実感がわいてくるんだ」

中傷?邪魔? 一体彼の身に何が起こっているのか。
私は彼の目をしっかとみつめた。

「私も絶対に負けない。だから何があったか全部話して」

 

<直季のアパート>

きっと直季に違いない。輝一郎を送り出すとすぐ直季の部屋を訪ねた。
苛立ちそのままに激しくドアを打ち鳴らす。
ドアが開かれそこに私を認めても直季は驚くそぶりもなく平然と部屋に招き入れようとした。冗談じゃない、ここ(玄関先)でいい。けして中へ入るもんか。そんな私の警戒心を気にもせず一方的に話し続ける。

「おでん作ったんだ。食べるでしょ?うずらの入った薩摩揚げにこんにゃくのリボン巻き。好きだったよね」
どうしてそんなことまで知っているのか。でもそれより今は輝一郎の事の方が大事だ。

「あなたでしょ」
「何が?」
「あなたなんでしょ?、彼の会社の事を週刊誌に持ち込んだのは」
「あぁ、泣きついてきたんだ」

そして悪びれもせずこう言った。
「いいねぇ、なんでも話しあえる存在。で、オレのことは話した?幼なじみの男につけまわされてるって。実はその男向かいに越してきたのって。きっとそいつよって。」
話せるわけない。何も言い返せなかった。

「話してないの?」
「よくないんじゃないの、そーゆーの。相手には全てを話させておいて。あーあ、一種の裏切りだ」
言われる筋合いのないことまで言われ声が荒らぐ。
「答えて。あなたでしょ?週刊誌に密告したのは」
「いーえ。」
否定する直季。でも嘘に決まってる。

「目的は何?」
「愛だよ、愛」
ぐうの音も出ない。勢いがそがれる。
「あなた見てると計算尽くの確信犯って感じがする。初恋の相手にじめじめつきまとう異常者にはどうしても見えない」
私の言葉に直季の態度は一転した。

「だから言ったでしょ?オレは異常者なんだって、なぁ」
さっきまでとはうって変わった勢いで立て続けにわざとおこらせるようなことを言う直季。まるで一方的に話しを打ち切り「帰れ」とでも言うかのように。勢いに押され私は直季の部屋を後にした。

残された直季、自嘲気味に大きなため息をつきたばこをくわえる。

入れ違いに敬太が入ってくる。差し入れの酒で乾杯し、軽口をたたき合った後、思い出したように直季が尋ねた。
「週刊誌に情報売ったの、おまえだろ」
直季は幼なじみであり探偵である敬太に輝一郎の失脚と国府の動向の調査を依頼していたのであった。
ボヤ騒ぎ・週刊誌といささかやりすぎの敬太に対し少々あきれ気味の直季、が方法を一任した以上文句は言わない。
敬太はギャンブルがやめられず日々借金取りやケンカに追われている。そんな敬太を友人として心配する直季。
国府の動向は出所以来以前としてつかめていない。
当の国府は女の元に転がり込んでいた。保護司には連絡せず家に帰っては来るもののフラッと姿を消してしまう。
女の家に残された15年前の事件のスクラップブックと唯一の生き残りの幼い実那子の写真。そして折り鶴。
国府は実那子を探していた。



私は直季の部屋を見上げた。今朝は窓は閉じられている。昨日は話の途中で帰ってきてしまったけど直季の目的は一体何なのだろうか。

出勤途中いつも立ち寄る店。果たして直季はそこにいた。
「おはよー」目が合うとにっこり笑っていつも私がしている(らしい)ように腰に手を当てて牛乳を飲む。
私はその前をなぜか素通りできなかった。とはいえ素通りはできないが積極的に話す気もない。直季は私の態度に関係なくいつもの調子で話しかけてくる。昨日のことなどどこかに置き忘れてきたようだ。
飲み終わったのと同時に私が歩き出すと直季も後をついてくる。私は振り返らない。それでも話し続ける。
私が輝一郎に直季のことを話さないのは、直季のことを意識しているからだと言う。私はこんなことで余計な心配をかけたくないだけなのに、うぬぼれてる。

急に大声で呼ばれ思わず振り返る。今夜は徹夜で居ないからゆっくり眠れるねなんて良いながら手を振っている。心底あきれてきびすを返して歩き出した。
直季は実那子が背を向けると一転して表情を変える。からかうようなニヤニヤした笑顔から思い詰めたような表情へ。
そうして直季も背を向け逆方向へ歩き去った。


旅行会社のカウンター。由理の職場。客の振りをして敬太が尋ねてきた。
公園で由理が実那子について尋ねる。答えながらも直季の事はあきらめろと諭す。敬太は由理が好きなのだ。
が、由理はそんなこと聞いてはおらず、直季の引っ越し先を教えろと詰め寄る。

 

<実那子の植物園>

カトレアの大量注文が入った。
電話にでたのは同僚。配達時に請求書を渡せばすぐに代金を振り込むと言っていたらしい。この前のイタズラと同一人物なのか突き止めるため、私が配達に立ち会うことになった。

注文のカトレアを届けに行くと車椅子の女性が出迎えてくれた。
高校の教師をしていた頃の教え子から毎年誕生日の贈り物が届く、今回のカトレアもそれだという。
未だに贈り物が届けられるとはさぞかし良い教師だったのだろう。目の前の女性のやわらかな雰囲気からもわかる気がする。全ての鉢を居間に運び終わって、イタズラではなかったことの安堵感から私は何の気無しに女性の故郷を尋ねた。

「私の故郷は群馬の中之森というところなの。とても良いところよ。」
嫌な予感がした。送り主は直季ではないか。
案の定、振り向くとそこに直季がいた。直季は私と彼が友人であると説明する。友人などではないし、何より直季の登場に動揺した私は逃げるようにその場を後にした。
直季は玄関先までついてきて、もし私が幼いときに引っ越さなければこうして一緒に花を贈ったりしたよねなどと言う。
当時は話しかける勇気もなかったくせに。未だに贈り物を続けている理由は同郷から東京へ出てきた者同士の絆で、「実那子とオレの間にもあるんじゃないかな」なんて、そんなものあるわけないじゃない。

実那子が去るのと入れ違いに敬太がやってきた。
直季の幼なじみである敬太にとっても恩師なのである。
2人をもてなすために元高校教師がキッチンへ姿を消すと、敬太は居間に並べられたカトレアの大量の鉢を見てこう言った。
「オマエ、昔から蘭が好きだったよな。」
「いや、好きだったのは親父。診療室に置いてあった」
やっと国府の保護司に会うことができた敬太の情報によると、国府は実那子に会って謝りたいと話しているという。その真意は疑わしいばかりだ。

その時玄関のチャイムが鳴った。敬太が応対に出る。チャイムの主は実那子であった。請求書を渡し忘れたことに気づいて引き返してきたのだった。直季はしまったという表情で玄関へ急いだ。
請求書を差し出しながら玄関に立っている男の顔を見上げると、思いがけず見知った顔であった。
私がまだ中之森にいた頃の数少ない懐かしい思い出の中で一緒に遊んでいた男の子の面影がそこにあった。

「中嶋くん?中嶋敬太くん?」
キョトンとした表情をしている。まさか覚えていないのかしら。
「私よ、森田実那子」
妙にはしゃいだ気分になり、私は2人の思い出を次々と持ち出した。
森でターザンごっこをしたこと、川の中州でキャンプをしたこと、おじさんのお饅頭がおいしかったこと。
それでも彼に反応はない。逆に私が奇妙な違和感にとらわれた。なつかしい、久しぶりとはしゃいだ後、今の人は誰だったんだろうと記憶がふいにあやふやになる。私、どうしちゃったんだろう。

実那子が帰った後、敬太は直季に尋ねた。
「今の子、オレの幼なじみじゃないし、第一あの思い出はオレとオマエだけのものだろう?」

 

<実那子の部屋>

自分の記憶がまるで自分のものでは無いみたいだ。このままではもう1歩も進めない。あやふやなものを1つずつ確かめていこうと思った。

小学校のアルバムは引っ越しの時に伯父が紛失してしまったが、確か文集は残っていたはずだ。
そしてそれはなんなく見つかった。「私の夢」そんなタイトルで私が書いた作文は市会議員である父の手伝いをしたいというものだった。小学生の私は一体どんな子だったのだろう。

「中之森小学校」に当時の先生がまだ残っているかもしれない。そう思い電話をしてみることにした。
電話番号を調べるために104に電話をすると、そんな学校は存在しないと言う。そんなバカなことがあるだろうか。私の手元には「中之森小学校」と書かれた文集が残っているのに。

文集をながめるうちにふとあることに気がついた。表と裏で表紙の色が微妙に違う。奇妙な張り合わせた跡もある。あまつさえなかには抜け落ちたページもある。
こう、考えられないだろうか。私は本当は別の小学校に通っていて、誰かがそれを隠すためにこんな細工をした。
伯父が?!だとしたらそれは何故?!
私には交通事故に遭う前に家族と住んでいた家を伯父と見に行った記憶がある。果たしてそれは本当に自分の家だったのだろうか。自分のことなのに私は私が判らない。


翌日の朝も直季は店で実那子を待っていた。実那子の姿を見つけて嬉しそうな直季。実那子はまだ直季に気づいていない。牛乳を取り出そうと直季が実那子に背を向けた瞬間、車のクラクションが響いた。
「実那子」輝一郎であった。
「最近忙しくて会って無かったろ、送っていくよ」
早速車に乗り込もうとした実那子の目に、寂しそうな表情でこちらを見ている直季が映る。今にも泣きだしそうな顔をしながら眉だけで実那子に合図をしてみせる。が、実那子は無視して助手席に乗り込みそれっきり直季の方を見ようともしなかった。輝一郎と共に直季の目の前をすぎていった。

輝一郎は私を彼の父親に紹介するため、個展―輝一郎の父親は画家―の準備会場へ連れてきた。
先日祝福されていないのではないかと不安を見せた私を思いやってのことだろう。
輝一郎の父親は私に会うととても喜んでくれた。
会場に展示されている絵を見廻すとそれらは全て輝一郎の母親を描いた物だった。どの絵にもなぜか十字架が描き混まれている。
輝一郎は彼の母親は敬虔なクリスチャンだったと話してくれた。けれど今、父親は神様を憎んでいることも。
父親はいなくなった妻を彼の元に帰してくれないことを恨んでいる。

神様が本当に居るのなら、私も大声で叫びたかった。
本当の私を返して欲しい。


戸籍を取り寄せた。
昭和46年6月26日、福島県御倉に生まれる
昭和59年1月、大庭(伯父)の養女になる
その年、私たちは群馬に引っ越し、秋には東京に出てきている。
私がずっと故郷だと思っていた中之森にはたった3ヶ月しか居なかった。
なのになぜ私はそう信じ込んでいたのだろうか。

中嶋敬太、私には確かに彼と遊んだ記憶がある。けれどそれには実感が伴わない。その中嶋敬太は直季の幼なじみだという。森であったとき直季は私にこう言った。「あんたはオレの一部だ」と。そのときはただ頭がおかしいのではないかと思ったが、今になって思えばあれはどういう意味だったのだろう。直季が私の前に現れてから全ては始まった。
彼にいろいろ聞いてみたかった。

 

<直季のアパート>

私は自分がここを訪れるにいたった感情の経過を説明した。
真顔になり視線をそらす直季。別のことをする振りをしながらも表情はなおも堅い。

「私の故郷は福島なの。群馬じゃないの。家族の写真はあるけれど、何処で撮ったのか判らないものばかり。小学校の文集もなんだかおかしい」
フェイクの動作さえも止まる。けれども何もなかったように振る舞う。
「ちょっと待ってよ、それがオレに何の関係があるの?」
「そういう謎をあなたが全て運んできた気がするの。私の記憶が私に嘘をついてる。ねぇ、知っているなら教えて?私の家族は本当に事故で死んだの?」
息をのみ一瞬間をおいてから顔をしかめて直季はこう答えた。
「オレに聞かれてもわかんねーよ」
背を向けて部屋の奥に入っていく。私はそこではじめて彼の部屋に足を踏み入れた。わけのわからない男の部屋に入る躊躇などどこかに消し飛んでいた。

自分で自分の言葉を確かめるようにポツリポツリと語り出す。
「私の足下に誰かの血が流れてきた。家の廊下に立っていて、私は怖くて怖くて仕方がない。私の目の前で家族が死んだのかもしれない」
「何だよ、ソレ」
いらだつようにたばこに火を着けるがもてあそぶだけでいっこうに吸う気配はない。
「頭の裏側に突き刺さるようにして思い出したの。私はなにか恐ろしいものを見て、叫びたくても声が出なくて、その恐ろしいものはどんどん私に近づいてくる。もしかしたらあなたが言っていた残酷な未来となにか関係があるの?」
「どうして15年目に私に会おうって決めたの?ずっとつきまとって声かけないで後ろ姿見ているだけで、どうして会うまでに15年もかかったの?」
溜まっていた不安が爆発してあふれだすように矢継ぎ早に質問を浴びせかける私に直季は何も答えない。しかしその目は大きく見開かれていた。

同時に直季は少年時代を思い出していた。森で実那子への手紙を書く自分、その手紙を読む実那子。

「なにか言ってよ」何も言わない彼に剛を煮やして私は詰め寄った。
直季は乱暴にたばこをもみ消し、
「オレにはさっぱりわかんない。それよりオレが聞きたいよ。どんな故郷で育ったとか、どんな親とか、そんなことが判らないと人間は生きていけないものなの?」
厳しい語調と突然の逆風にとまどいながらも自分の背負った過去からはきっと逃げられないと悲観的につぶやくと、直季は吐き捨てるように私に言葉をぶつけてきた。
「だったらそんなもん背負わなきゃいいじゃん、めんどくせー」
「12月に結婚すんだろ、クリスマスに新婚生活はじまるんだろ、そのうち子供産んでさ、新しい家族できて、毎日新しい物が生まれて、そんなめんどくさいこと背負ってるヒマないんじゃん?」
確かに彼の言うとおりだ。けれど自分は失った過去に押しつぶされそうなのだ。このままでは新しい生活に踏み出す勇気さえも持てない。私と輝一郎の結婚はただでさえ祝福されていない。私は私に自信がもてない。
それぐらいのことをなぜ直季は判ってくれないのか。所詮、この不安な思いを他人に理解してくれという方が無理なのか。それどころか、あまつさえその生活を壊しにきたのは直季ではないか。彼が現れるまではすべてが順調だったのに。

「あなたはそんな生活を壊しに来たんでしょ?」
「だったら壊されないように頑張って護ればいいだろ」
背中を向ける直季。
「それでも壊しに来るんでしょ?」
「ああ、そうだよ」
振り返りすごい目で睨む。その視線に耐えられず思わず目をそらしうつむく。
「それよりこんなトコで何やってんだよ」
直季は体ごと向き直った。
「人生相談?だったらじっくり聞いてやるよ」
そして少しずつこっちへ近づいてくる。

論点がずれているのにもう流れは止められない。この時点で私の頭の中はここへ来た目的など考えるいとまはなくなっていた。恐慌状態に陥っていたのかもしれない。為すすべもなく私はただ彼の問いに答えるだけだ。

「要するに実那子は自分の背負ったものから逃げ出したいだけだろ?彼の何が不満なの」
「不満なんて無いわよ」
「彼のイヤなところ見えちゃいました?こんなはずじゃなかったって、結婚するにはまだ早いんじゃないかしらって後悔が生まれちゃいました?マリッジブルーってやつ?」
「違う。そんなんじゃない」
言いたいことは山程ある。けれどもうまく言葉にならない。否定するのが精一杯で反論できなかった。

「オレが前に現れるようになってから変なことばかりおきるって、何それ。人のこと不幸の手紙みたいに。オレみたいなやつが現れるのを実那子はずっと待ってたんだよ」
「何言ってるの?」
「退屈な毎日をこわしてくれる男が実際に目の前に現れてオロオロしてんだろ?怖がることないって、別に」
どんどんどんどん近づいてくる。私も同じだけ後ずさる。
「もっと自分に素直になれよ、なぁ」
さらに後ずさるとベッドにつまずいて座り込むかたちになった。直季がその横に座る。
「近寄らないで。あなたなんて大嫌いよ」
その言葉にますます顔を近づけてくる直季。たまらず私は立ち上がる。
「それでいいんだよ。もっと嫌いになれよ。そのうちオレのことどうしようもなく好きになるから」
「あなたおかしい」
一体どういう思考回路をしているのか?どこをどうすればそんな結論になるのか。直季との会話はいつもこうだ。最後には迫力に負けて私は本来の目的も果たせず言いたいことの半分も言えず退散するしかない。悔しさと何をされるかわからない―直季は普段はまともに見えるのにわざと異常に思わせようとするところがある気がする―恐怖で泣きそうになりながら戸口へ急ぐ。出ていこうとする私の腕を掴んで引き戻し

「こわされたいんだろ。お望み通りしてやるよ。」
掴む腕を振りきって出ていく。
「ちょっとまてよ」
直季の目の前でドアがバタンと音を立てて閉じた。

そして訪れる静寂。
疲れたようにドアに額を押しつけひとつおおきく息を吐き出してそれからドアにもたれかかる姿勢になる。
深いため息。そして宙をみつめ回想する。


診療室、直季の父親は蘭に水をやりながら答える。そのわきには空のベッド。
「一度フラッシュバックという現象がおきたら最後、もう止められない。あとは堰を切ったようにあの娘は全て思い出すだろう」
「それは、いつ?」
「10年か…15年か…」
実那子が寝ていたベッドを悲しげに見つめ続ける少年直季。
そしてそれはそのまま現在の姿に重なる。


直季のアパートから走り出てくる実那子。
振り返り振り返りしながら自分のマンションへ入っていった。自らで自らを抱きしめて。

車の中からその様子を見ていた男がいた。
実那子が中へ入ると、車から出てきて、実那子が見ていた方向を同じように振り返る。輝一郎だった。

実那子が見ていた建物の一室の窓、そのブラインドごしに若い男の姿が透けて見えた。
直季だ。実那子の部屋の窓を見つめている。

いぶかしげな表情になる輝一郎。

直季は輝一郎に見られていることに気がつかない。それほど一心に実那子の窓の明かりを見続ける。
それは直季自身が言うような異常者の表情ではなく、とても真摯な表情だった。

 


 ☆編集後記☆

“眠れる森”で“眠れぬ森”
What’sで木村が言っていたことが私の身にも降りかかりました。こんなにこんなにこんなにこんな大変とは。
昼休み(だけかはヒミツ)と普段は寝ている時間をフル活用したにも関わらず、今私がこれを書いているのは10/30(金)。
次回作が放映される前にはUPしたかったのに昨日ついに第4幕の放送が終了してしまいました。あーあ。

「あーあ」といえば「一種の裏切りだ」ついつぶやいてしまう。まだ私の中にセリフが残ってますぅ。
こーんなに真剣にドラマを見たのは久しぶりで、大変な割には結構楽しかったです。
どの場面も重要に思えて省略できなくて、随分長いものになってしまいました。
全部読んでくれた方、ありがとう&お疲れさま。
でも長いものにはまかれろと言うのは古来からの教え(?)ですのでOKOKって、…何が言いたいんだ?>自分。

だいぶ個人的解釈が入ってます。それにより今後推理に影響が及び犯人当てができなかったといわれても苦情はうけつけません(笑)。悪しからず。


★「眠れる森」のページ★

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