半ばくだらない意地、に成り果てているのかもしれない。
けれど、まだ諦め切れない。
あなたをこんなにも、---------だということ。
まだ、認められない。
だって、そんな事、認めてしまったら、もう。
その姿から無理矢理眼を逸らす度、呼吸が苦しくなっていく。
息の仕方を、忘れてしまった。
あのひとを避け始めてから2週間。
けれど、ぎくしゃくしているのは俺だけで、あのひとの態度は普段となんら変わる事はなかった。
言ってもいいよ、と許してくれた、あの日の事などなかったみたいに。
練習の後、片づけを終えて部室の扉を開けた途端、いつものレギュラージャージから制服へと着替え終わったらしいあのひとが、桃先輩となんだか楽しそうに話している姿が眼に入って何故か胸がざわつくような不快な気分を感じながら、俺はいつものように眼を逸らした。
それから俺に気付いた桃先輩が何か話し掛けてきたのに、適当に返事を返す。
そうしながらも感覚はあのひとの気配を追っていて。
こんなの、どうかしていると、十分すぎるほど理解しているのに。
隙間なんてなくなる程、傍に居て欲しい。
気配すら感じられなくなる程、遠くに消えて欲しい。
矛盾した想いは、多分どちらも本当だから、俺はここから動けない。
こんな事など無駄なだけだと、それは解っているんだけれど。
「ほんじゃ皆、また明日」
先輩達とのじゃれあいをひとしきり終えたあの人がするり、と俺の横を通り過ぎて。
「おチビもまた、ね」
すれ違い様に頭をふわりと撫でるような感覚に、意識する間もなく、その手を振払ってしまった。
「あ…」
「おい越前! おまえいくらなんでもっ」
「あー…、いーってば桃、ちょーっとびっくりしただけだし」
「でも…」
流石に怒った声を上げた桃先輩を苦笑混じりの声のあの人が止める。
そんな些細なやりとりが、増々胸のむかつきを助長した気がして、そちらを向く事もせず、じっと立ち尽くした。
なんでそんな風に笑うの?
なんでほかのひとにそんな風に甘えたりすんの?
…なんで、そんな風に俺に触れるの?
唇を開けば溢れそうになる言葉はなにひとつ、あのひとに言いたい言葉ではなかったから、俺は、そんな言葉を言ってしまう前に、あのひとが俺の前から去ってくれる事をただ、願った。
なのに、そんな願いなど聞き届けられる事もなく、ほんの一歩分の距離、それだけあのひとが俺のほうへ近付いた気配がして、それから小さく溜息を吐き出す音。
そして、投げられた問いは唐突だった。
「…ねえ、まだ、思い出せない?」
「…な…、にがっスか」
「おチビが、オレに言いたかったこと、だよ」
からかうような響きに思わず振り向いて、眼が合った。
不味い、と思ったのに、振り向いた先にあった表情が声音とはまるで違う優しいものだったから。
胸がぎしり、と軋んだ気がした。
だって、ああ、あの日の事を忘れてはいなかったのだ、彼は。
あの日の苦しさと、気が狂ったようなこの衝動を忘れられるわけがなかったのだ、俺、は。
ここまできてやっと、告げたかった言葉を、思い出した、気がした。
「覚悟は、できた?」
「…なに、ソレ? 世間体とか、常識とか、そーゆーコト?」
隠す事もできない、震える声を絞り出すように。
「うん、や、そーだね。そーゆーのも、あるんだろうけど、でも、そうじゃなくて、今は」
もはや逸らす事さえできず、ただじっと自分を見つめる俺に、アンタは少しだけ困ったように笑って。
せめて、アンタが、
俺を見ていなければと、そう、思う、のに、
結局は。
「自分のココロを、全部、他人に預ける覚悟、だよ」
ぐらりと見つめる視界がぶれたような気がした。
このひとは、やっぱり全部知っていたんだろうか、とか。
どうしてそれを俺に聞くの、とか。上手く考える事もできず、結局行き着いたのは。
ああ、もう、逃げる道など、何処にもなかったんだと。
思ったところで、やっぱり呼吸はうまくできなくて、でも、これだけは、
言わなくては。
「…………そんなの」
認められない、認めたくない、くだらない意地。
だけど、もう。
気付いた時には、もう、俺の心は丸ごとアンタに持っていかれてて。
だから、もう目を逸らし続ける事も、逃げることもできなくて。
くだらないプライドとか、意地とか、そんなもの。
全部ひっくるめてアンタに捧げるから。
だから、
「そんなの、とっくの昔に、アンタが持ってるでしょ?」
アンタの心が、まだ誰のものでもないというのなら。
「だから、ねえ、アンタも俺に預けてよ」
全部、なんてまだ言えないけれど、今は、ほんの欠片でもいいから。
「好き、です」
思わず溢れた言葉は、ずっと苦しかった呼吸を嘘のように楽にして。
だから、俺はこの言葉をずっとアンタに言いたかったのだと、
今度こそ認めるしかなかったんだ。
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