『菊丸英二はかまってちゃんである』
そう評したのはかの生意気なスーパールーキー。
さて、果たしてそれは本当にそうだろうか? と評された彼を良く知る親友は考えた。
そして、立証するならまず証拠から。
これは、基本だと思うのだ。



「なあに不二、なに見てンの?」
「んー? ああ、大したことじゃないよ。そうだね…、人間観察、かな?」
「にゃにそれ、変なの」
いつもの練習風景。
ただし、いつもと少しだけ違うのは、不二の視線が一定方向から殆ど外れないという事だけ。
しかもいつも通りに練習の手は休めないという荒技をやってのけているものだから、流石の部長も気付かない。
ただ一人、ある意味この奇行の原因とも言える、やたらと人の視線に聡い親友だけが少しばかり不自然に一定方向に固定されている視線の先を辿って、ほんの僅か目を見張った。
「手塚に走らされても知らないよ?」
「大丈夫、僕はそんなに迂闊じゃないよ」
にっこり。
にこにこ。
伊達に親友なんてやってないから、会話なんて、これで十分。
「ん〜、じゃま、なんか面白そーだから、手塚には内緒にしといたげる! そのかわり後で結果報告な!」
あっさりとそう告げて身を翻した親友に、僕は笑って手を振った。
実は君も今日の観察対象に入ってるんだけどね。
そんな言葉はひっそりと胸にしまって。



英二は確かにこれでもか、と言う程末っ子体質だ。
それは子供が、自分に目を向けて欲しいと思う時に殊更に注意を引く為に騒ぐような。
だから、越前曰くの『かまってちゃん』という形容も、わからなくはないんだけど。
ただ、自分と同年代、もしくは自分より年下の相手に発揮されるものであるかと言われると、どうだろう、と首を捻らざるを得ない。
そういう相手に対する時の英二は、どちらかというと、『かまって』なんて可愛らしいモノではなく、『気が向いたからかまってみよう』という、より気紛れな、それこそ猫のような衝動によった行動のような気がする。


だから、と。
ちょっとした興味で、越前を、それを構う英二を観察してみようなんて。
そんな事思わなければ、後悔なんて、いつでも後になってみなければわからないそんなこと、する事もなかったかもしれないのだけど。



およそ二十分弱、大石と練習したり、タカさんと話したり、いつも通りくるくると楽しそうに動き回る英二を眺めていたら、ふと気が付いた。
さっきまで黙々と練習していた越前が英二をじっと見ていて、
…あ、英二が気付いたみたい。
そのまま走って行ってなにか話し掛けてる。
…ん? 越前が怪訝な顔してる。
………あーあ、英二、またそんな越前の頭ぐしゃぐしゃやって。
流石に越前も嫌そうな顔してるけど、めげないよね、英二…。
あ、ひとしきり構って満足したのかな、戻ってきた。
やれやれ、って感じで越前は練習に戻ってるけど…。
今度は桃が英二に捕まってるよ…。


そこで、ふ、と越前に何の気なしに目をやって、気付いてしまった。
桃と騒いでいる英二の背中にひたり、と静かにあてられた視線。
視線に敏感な英二が気付かないわけはないんだけど。
英二はまるでそんなものには気付かないように桃とじゃれてて。
越前はといえば、そんなにも静かに、真直ぐに英二を見てるくせに、まるでその状態が自然なもののように、いつもと変わらずにラケットを振ってる。
そして、しばらくしてくるりと振り向いた英二が、まるで、今ちょうど気が向いたから、と言わんばかりのタイミングで越前のトコロに、…って、ちょっと。

何だか非常に嫌な予感、と言うか、なんだか凄くぶちあたりたくなかった可能性。
おいコラちょっと待て。
まさか、もしかしてひょっとすると、越前キミ、無意識、なワケ?
しかも英二、キミそれ気付いてて黙ってるでしょ。
…なんか、ちょっと、非常にバカバカしくなってきた。
かまってちゃん、なんてどのツラさげて、…なんて言葉はかろうじて。


観察終了。
結果は……推して知るべし、である。












何だか無駄にぐったり疲れた帰り道。
件の親友が大きな目をキラキラさせて訊ねてきたことといえば。
「で、不二、今日の観察で何か新しい発見はできたワケ?」
「発見、ねえ」
まあ、発見といえば発見かもしれないけれど。
あの生意気なスーパールーキーが、どーしようもない激ニブだ、とかさ。
「不二がおチビを見てるのなんて珍しいもんね〜。ど? 結構面白いっしょ? おチビ観察!」
「…まあ、人間って自分の事は本当に見えないもんだな、ってのは発見ではあるかな」
「にゃに、それっておチビちゃんのコト?」
「越前がね」
「うん?」
「英二の事、かまってちゃんだって、さ」
「………………」
僕の言葉に一瞬なにを言われたのかわからないとばかりにきょとんとした顔を見せた親友が、次の瞬間。

「それってさ! おチビにだけは言われたくないよね?」

盛大に吹き出したせいで、涙目になりつつ言い切った親友の言葉には、軽い溜息で同意の意を伝えるに止めておいた。
ああ、全く。キミたちってさ、ホントにお互い厄介だよね。
そんな言葉を、苦笑とともに飲み込んで。




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