森 且行
アイドルがレーサーになる日


「アイドルがレーサーになる日 〜 森 且行23歳 400日の挑戦 〜 」

NHKで8月16日深夜放送された、オートレーサー森 且行の番組のレポートです。

7月6日に行われた川口オートでのデビュー戦、見事初勝利をあげた森選手!

そこに至るまでの彼の努力と闘いの記録をなるべく正確にお伝えできれば・・と思います。

【 美 紀 】

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 平成9年7月6日 川口オートレース場 ◆

紅白のレース服、赤のメット(ヒョウ柄入り)をかぶる森選手のアップから始まります。
スタート前の待機所からバイクに乗って登場、その瞬間、場内は悲鳴のような声援!
団扇を振る人、金網に張り付く人(女性多し)、人、人、人だらけ・・。
「風になれ、森 且行」「over the top 且行」などの横断幕があちこちに。

ここで今では懐かしいアイドル時代、SMAPのCDジャケットがアップに・・。
若い!可愛い!丸顔です!(そう、こんなだったんだワ。)
「この日、アイドルを捨てて第2の人生を賭けた森くんに、1つの答えが出る」とのナレーション。

 平成8年6月19日 筑波選手養成所 ◆

茨城県筑波市、日動振選手養成所にて入所式。
24倍の難関をくぐり抜けた32人の25期候補生たち、もちろんその中に森候補生の姿も・・。
さっぱり短髪になって、黒のジャージもお似合いです。(顔つきが違う・・。)
前日に候補生の中から選ばれて、森候補生は宣誓をする事に。
「訓練に精進し、努力する事を誓います!」(さすがに滑舌が良いですネ。)

その後、くじ引きで養成所で乗る競走車が決定。森候補生はマイケルジョーダンの背番号と同じ23番です。皆それぞれ自分のバイクの元へ走っていきます。この先ずっと一緒に訓練を共にするバイクが決まり、と〜っても嬉しそう。(みんな子供に戻ってるよぉ・・。)

 川口オートレース場控え室 (デビュー戦前) ◆

「夢だった。ちっちゃい頃からの夢であきらめたくなかった。すべてですね。競争車、音、競り合い・・。迫力があったから、パッとちっちゃい頃の僕に焼き付いたんじゃないですか」・・・とオートの魅力について語ります。(アップになるとつくづく痩せちゃったね〜)

 平成8年6月末 筑波サーキット ◆

2人一組になってエンジンの押しがけ訓練開始。ブレーキのない独特の型の競走車にみんな苦労している様子。比較的コツをつかむのが早かったという森候補生。

寮生活の朝は早く、6:15起床。食事時間は10分。もちろん掃除、洗濯も自分達で。
「今まで洗濯した事ある?」の問いに、ある候補生「自分は一人暮らしだったんで・・。」
森候補生「自分も(自分って言うのネ、)一人暮らしだったんで・・。でも全自動だったんで、入れてピッと押せば。これは自分でやんなくちゃ。」 ふーん、 2漕式に慣れてないのかぁ。

10kgを超える防具をつけての訓練開始。100km以上のスピードで500mの楕円形のコースを6周するオートレース。コーナーでは常に左側に傾斜姿勢をとる為、左足には鉄のスリッパを着用。(仮面ライダーのような森候補生、長いです、おみ足!きゃぁぁカッコイイ!)

暑さに体力消耗する厳しい訓練。一瞬の気の緩みが事故に繋がるため、ビシバシと注意を受ける候補生たち。ちょっとだけ、うわ〜(^^;)。
ここで森ファンならおなじみの
加藤洽幸所長のご登場です。(お優しい方だと伺ってます)
「姿勢、コースの取り方,基本走行の基本を覚えようという姿勢が良い」とのお言葉。

安定した走りを続ける森候補生を金網越しに見守るファンの女性達。
「森くんは生きがい」「何をやっても森くんは森くん」「見れるだけで幸せをくれる」と、熱い想いを語ってらっしゃいました。

 川口オートレース場控え室 (デビュー戦前) ◆

「速ければいい。人気なんか構わない、そんなの最初から考えてこない。速ければ自然に人気が出てくる。人気があってもお金にはなんない世界だから」

「芸能界は完全に人気商売で、自分がどれだけ努力しても周りのファンに認められなかったらダメで上にあがれない。レーサーはセンス、運もあるけど、努力して速くなればそれだけお金が入ってくる」実力主義の世界って事を思い知らされる発言。でもそこが森選手を魅了したのかな。

 平成8年8月〜12月 ◆

8月25日、走行訓練中に金網に激突し落車。左股関節脱臼骨折で全治3〜6ヶ月と診断。
まさかの大怪我にも負けず、東京医科大学病院にて手術後、懸命のリハビリに励む日々。
「実際のレースのビデオを見てます、何回も・・」涙なしでは見れないこのシーン・・・。
その頃、同期生は伊勢崎レース場観戦。(レース車の動きと一緒に体が動くところが可愛い!)

12月7日。努力のかいあって回復が早く、無事退院。黒ジャージにウインドブレーカー姿。体重もそんなに増えてないようで、元気そう。松葉杖を付いて出てくると、あちこちから「おめでとう〜!」の声がかかります。真剣な表情のまま、養成所行きのタクシーへ。

養成所に戻ると季節は冬。左脚に補助器具をつけたまま一番に自分のバイクを見に行きます。
一番会いたかった23番の真っ赤なバイク、ちゃ〜んと持ち主を待っていてくれましたヨ。
誰か留守中にキレイにしてくれてたんですね。ほっとした様子で「は〜っ」と嬉しそう。
隣のブースから同期生の「おかえり!」の声。(25番?の人かな)
「早く乗りたい?」と聞かれて「うん」。ホント乗りたそうでした。

 平成9年1月〜2月 筑波サーキット ◆

早朝ランニングに参加できず、独り黙々とウォーキングを続けます。
2月2日、5ヶ月ぶりにバイクに乗り、走行訓練再開。
しかし左側に脚が入らず、体が右に滑る(らしい?)森候補生に優しく丁寧に指導下さる加藤所長。

この頃所属地が決定。森候補生は、実家近くの思い出深い川口オートへ。
中旬には、他の同期生は全国六ヶ所の配属レース場に実地訓練へ向かいます。
次々に運ばれるバイクを横目に、独りバイクの整備を続けています。辛そう・・。

「焦りません」と自分に言い聞かせるように、1日100周の訓練メニューをこなす日々。この頃が一番辛かったようで、煙草も一日40本に・・。

「周りを気にせずマイペースで」と言いつつも、「一人で走ってると感覚が解らない。スピードがどれくらい出てるか、どこまで出せるのか。その辺が心配」と不安をもらします。

 川口オートレース場控え室 (デビュー戦前) ◆

幼少時代の写真で生い立ちからフラッシュバック。
お兄さんとソフトクリーム食べてる写真、幼稚園時代のぱっちりお目々が女の子みたいに可愛いですぅ!小学校の遠足ではadidasのTシャツ。(この頃からお気に入りなのネ)
中3の時にお兄さんと入った事務所、1987年結成されたSMAPは、ご存知6年後にスーパーアイドルに。しかし・・。
「自分の中で自信がなかった。9年くらいやってて、いろいろなんか違ってきた。で、このまま引きずるのもと思ってたら、巡り合わせで『もしかしたらなれるかも!』と思ったらなれちゃった。思った事はすべてすぐ行動に移す。昔からそうだった」

遠い眼をして話す芸能界時代。レーサーの話になるとたんに活き活きした眼に!幸せなのね、今。

 平成9年3月28日 筑波養成所 ◆

31名の同期生と共に卒業証書を貰う卒業式。参列した父兄との記念撮影に、ここでも大人気。
でも、1人残って訓練を続ける森候補生の御家族はいらっしゃらず・・。
「来ないです・・淋しいです。ちゃんと卒業するんだったら来たかも。でも残るし・・。」
(この後、無事卒業検定に合格し、5月末に養成所を出ます)

 最終実地訓練(6月23日〜26日) 川口オートレース場 ◆

デビュー戦が7月6日に決定。実地訓練が少ない為、デビュー戦に向けて最終の特訓が行われる事に。30人の関係者に囲まれて一番下座から「よろしくお願いしますっ!」・・ちょっと緊張気味?

ここでやっとご登場です!広瀬登喜夫選手(56歳)!(密かにファン♪)
森選手にとって、いえいえ、オート界全体の師匠といっても過言ではない(はず)御方で、その輝かしい成績と、一昨年の大怪我からの見事な復帰の映像が映し出されます。
その名も
「オートの神様」!(誰がつけたのかな?)
その「神様」のお弟子、森選手の記念すべき第一号マシンは
「エンジェル」と命名。

●1日目。同期生と一緒に走行訓練。あわや接触というヒヤッとする場面もありましたが、
「怪我の事は頭になさそう。落車の後遺症は心配ない。」との
師匠のお言葉。
「楽しむ余裕は今はない。精いっぱい一生懸命。アタマ(一着)しか考えてない。『2着は8着と同じ』と師匠に言われてる。ピンだけをねらう。」・・とこちらも頼もしいコメント。
1日目無事終了。訓練中は寝食も
広瀬選手一緒で、お部屋に入っても正座を崩さない森選手。・・・お疲れ様!

●2日目。朝7:00からランニングとストレッチ。その後デビュー戦を想定しての模擬レース。
オートレースはハンデ制の為、森選手はハンデ0からのスタート。しかし走行コースが小さく、同期の
若井選手に抜かれます。
師匠「走りがおとなしい。お嬢様乗り。」・・・そうなのかぁ。(お嬢様といわれたのはきっと初めてよ)

森選手の問題点は・・。

@エンジンを操作するグリップの開けが小さい。コーナーを回る時にグリップの閉め(減速)が早く、開け(加速)が遅い。(若井選手の5m手前で減速、加速するポイントも遅い為、コーナーで抜かれる)

A走行コースが小さく直線で走る距離が短い。楕円形のコースは65%が曲線、35%が直線。少しでも直線走行を長くして加速状態をキープ。

Bグリップは手前に回すと加速、放すと自動的に戻って減速する仕組み。グリップを握り直す癖があり、その瞬間に自然と戻って減速してしまう。

・・・・へぇー。さすがプロ、御指摘が細かく的確です。(バイクのことは解らない為、勉強になります)

ここで同じ川口オート所属の同期生、先程から名前の出ている若井友和選手登場です!
4月にデビューし、この時点で既に13勝、250万円以上の賞金をGetという立派な成績!コース取りの良さは広瀬選手からお褒めの言葉も・・。
「僕らは2ヶ月以上レースしてるから、今走ってもまだ速い。それでも(森は)残念がってる。でも僕らのデビュー前よりも全然速いんですよ。今からライバルとして、負けないようにって。こっちも手を抜いて走ったらすぐ抜かれちゃう」と。
負けず嫌いの森選手らしい・・。
若井選手も冷静で芯の強そうなレーサーで注目です〜!

●特訓3日目。
最下位という模擬レースの結果に悔しがる森選手。今乗っている
フレームのバイクは「ブレて乗りづらい」と、養成所時代のフレームのバイクを持ち出し、バイクでもう一度スタート。
今度は快調に飛ばしラスト1周までトップ。最後に
若井選手に惜しくも抜かれて2着ゴール。

「赤バイクのハンドルとイスに白バイクのエンジンを付け替えたい」と初めて主張する森選手。レーサー森の意見に、フレームを付け替える事に。(金槌でたたくと外れるんだ〜、ハンドルって。)
師匠「後1日だけど、デビュー戦に向けてはっきりした目星をつけたい。心配いらない、大丈夫」 黙々とタイヤをつける森選手。皆さん、かなりお疲れのご様子です。

●特訓最終日。
模擬レースでは惨敗。指摘されたコース取り、グリップを戻す癖が治ってないとお叱りを受けます。「最後なんだから。今度治ってなかったらハンマーでひっぱたくぞ」(^^;)
疲れもピークに達し、眼の下にクマができている森選手。
最終レースも最下位に終わります。

さてここで森選手から「師匠が調整して下さったエンジンが合わない、加速がつきすぎて、コーナーで減速できない」と大胆なご意見が。
さすがに気分を害した広瀬師匠「何もかも幼稚園、考え方も。ノウハウから教えなきゃ。今回みんなバテバテだよ。」外野から「入ってから通用しないネ」とキツイ声も聞こえます。
・・・お手数かけます、皆さん。お願いします!

もう一度、1からエンジンの調整が行われる事に。「お願いします!」とじっと見守る森選手。言いにくいけど、でもそう、自分自身が納得のいく状態で走らなきゃ。レーサーとして妥協の許されない瞬間を見たような気がしました。

「4日間の成果は全くなし。すべてが悪くなってるけど、こればっかりは理由解んない。やる気無くなってきた・・参りました。」疲れと結果が出ないせいか、元気ない・・。
「技術的には少しは良くなってるはずだけど、
精神的にはおかしくなってきて弱気になってきた。」
「(デビュー戦は)とりあえず、気分を押さえて走る。舞い上がっちゃいそう、このままだと。落ち着いて。でもアタマ(1着)は取りにいく。無理しても・・。」
緊張、プレッシャーもあって当然の状況。なにしろ夢への第一歩なんだもの・・。頑張って!

師匠「時間かけるしかない・・。1つきっかけをつかめば急に脱皮する事はある。長く苦しむって事じゃあない。かなり負けん気の強さも気の強さも持ってる。大丈夫!僕も期待してる。」
悩む森選手を励ますように、そして御自分に言い聞かせるようにおっしゃいます。
独り走行を続ける森選手。

◆ 平成9年7月6日 川口オートレース場 ◆

前日観測史上初40.2度を記録した埼玉県。
この猛暑の中、川口オートには午前3時頃から来場者が並び始め、開門9時の予定が15分繰り上がりました。
第1レース発走前で既に入場者は2万人を突破。(13時の時点で女性は9069人)
森選手は3レースに出場で、新人としては異例の単枠、しかも3枠という扱い。(新人は8番車が多い)

森選手の単勝車券を買う人で単勝窓口は長蛇の列!(ホントすごかったです!)
通常1つの窓口を5つに増やしても捌ききれず、第3レースの発走を約15分遅らせても100人以上の人が買えない(私もその1人なの・・)という、川口オート始まって以来の出来事が・・。
(車券の記載は「3-3」となり、
エンジェル森且行の名前は入らないと後で知った。)

午前11時55分。予定より20分近く遅れて、第3レース発走。
ハンデ0からスタートした森選手は先頭で第1コーナーに飛び込むと、そのまま快調に走ります。その姿を第2コーナー奥の待機所からじっと静かに見守る
広瀬選手
2周目、3周目と森選手は先頭を譲らず熱い走路を駆け抜け、そして響き渡る大声援の中、見事1着でゴールイン!!(実際観てたけど、興奮しました!)
勝利の瞬間、口々に「良かった!」「よくやった!」と喜び合う関係者の方々。
そんな中、
広瀬選手は終始無言でした。「おめでとうございます!」の言葉や「今日の走りは?」の問いにもただ頷くだけ。
そう、
オートの神様ってば涙をこらえてらっしゃったんですね〜!森選手の勝利を心から喜んで下さってグッとくるものがあったのでしょう。・・・感動します。いい方だ〜!

レース終了後、輝いた目をした森選手が映ります。

「気持ちよく乗っていこうと。一着取れなくっても・・と気持ちよく乗ってた。ホント絶対忘れないでしょうネ、最高の日でした!自分で選んだ道に入ってきて初めて一勝挙げたんだからそれは今までで最高ですよ。」・・・私も忘れないですヨ。

レース後のインタビューで「長い目で見てください。日本一になるまで応援よろしくお願いします!」と語った森選手。彼のレース人生は今始まったばかりです・・。そしてこれからも夢への挑戦を続ける事でしょう!

 


★Many Many SMAP '97.7-8★

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